哲学の最近のブログ記事

今だに霊感商法の被害が絶えない。
先般も統一教会系の団体が絡んだ霊感商法被害の話題が、新聞に載っていた。

勿論一番悪いのは霊感商法を仕掛けてくる奴らだが、しかしそれに輪を掛けて罪深いのが、マスコミだと思う。
細木某女だの宜保ナニガシだのとイカガワシイ人物を、視聴率の為だけに番組に登場させ、持ち挙げ、公共の電波の権威と影響力を使って、あたかも霊だのたたりだのが実在するかの様な雰囲気作りに加担してきた。

様々な霊感商法やオウム等がまかり通った背景には、そう言ったワイドショウの影響による精神的蒙昧が少なからず有った筈だ。しかしマスコミはそう言った結果には一切責任を取らない。

同時に被害者の方も、もういい加減に自分の愚かさを自覚した方がいいと思う。
これだけ騒がれ、これだけ被害や手口が報道されているにも関わらず、いまだに引っ掛かるとしたら、酷な言い方だがもうあまり同情されないだろう。

感性と理性

水の中に箸を斜めに入れれば水面を境に折れ曲がって見えます。
これは錯覚(錯視)でもなければマジックでもなく、ましてや妄想でも有りません。それが正当な感覚であり、100人いれば100人そのように見るでしょう。

しかし箸に触って撫でてみればどこも折れていないと感じられます。

前段は視覚による感性的認識、後段は触覚による感性的認識(人間の認識は必ずことばが介在するから、純粋な感性的認識は無いと言われる)。
どちらも同じ感覚同士の認識であって、この場合どちらの感覚を頼りにして良いのか、これだけでは判断出来ません。

しかし箸の角度を変えれば折れ曲がる角度も変わってくるし、水に入れる深さを変えれば折れ曲がる位置も連続的に変わってきます。
箸を水から出すと、箸は真っ直ぐで折れた痕跡も見当たりません。

箸のような硬いものが、角度や位置を変えて連続的に折れたり、一旦折れたものが修復することは、通常有り得ない、と言うことを過去の膨大な経験を元 に演繹し、視覚による認識が誤で、触覚による認識が真だと判断したとすれば、それは感覚を超えた理性的認識になる訳です。理屈を言えば。

タバコが硬貨のような硬いものを通過する筈が無い、と言う理性を、一般的な現代人は既に身に付けていて、だからこそ手品として楽しめるのでしょう。
しかしこれをかっての未開の部族や、遠い過去の時代にやって見せたら、いっぺんでシャーマンになれること請け合いです。

いわゆる超常現象や超能力を、それだけで何の疑問も無く信じる人と、他との連関の中で「そう言うことは有り得ない」と判断して「何か裏が有る筈だ」と問題意識を持てる人の差は、理性の差でも有るんでしょうね。

■ 土台への反作用に見る明治維新

土台に対する上部構造の反作用と言うか、上部構造による土台の形成とも言うべき例を、明治維新の日本に見ることが出来ます。

■ 日本の封建制の特質とそれを受け継いだ明治維新

徳川将軍を頂点とする幕藩体制は、ずっと以前からすでに存在していた封建的生産関係を土台として、その上にそそり立っている上部構造でした。この上部構造が明治維新によって崩壊し、明治政府という新しい政治的上部構造にとって変わられた訳です。
では、この新しい上部構造がよって立つ経済的土台はなんだったのかと言うことですが、資本主義的生産関係だ、と簡単には言えない状況が当時の日本には有った訳です。

日本では信長、秀吉時代の、堺、徳川時代の江戸・大阪・京都の商人のように、商業資本は古くから相当の力を持っていましたが、産業資本の発展が弱く、明治維新の当時には未だ資本主義的生産関係は殆ど成立していない状況でした。
しかし他方、封建的生産関係の矛盾は極めて激化していました。

封建的土地所有者(将軍、大名)の力は、は農民一揆に揺さぶられていたし、経済的破綻によって大商人から莫大な借金をしている状況で、相対的に低下していました。
同時に、黒船に見られるように、外国からの「通商要求」に対して、武装集団としての無力もさらけ出してしまいました。
その反面、非支配層の自主性・自発性は高まっており、かっては厳しく押さえつけられていた「天下のご正道」に対する批判も公然化しており、しかも幕府はそれを押さえつけるだけの力はすでに無く、世情は騒然としていました。

こう言う中で、薩長を中心とした勢力によって明治新政府が樹立される訳ですが、この政治的上部構造は、その成立の当初において、未だ自己のよって立つべき経済的土台を持っていませんでした。
その成立以後に、自らの力でその政治的土台、資本主義的生産関係を作り出して行かなければならなかったのです。
その過程での「女工哀史」であり、「ああ野麦峠」で有った訳です。

未 だその上に立つべき土台が無いのに政治的上部構造が出来た、と言うのは「標準理論」としてはおかしいのですが、しかし上記のように封建的生産関係の矛盾が 極度に高まっており、しかも資本主義的生産関係が未熟な状況で、これを形成することによって、この矛盾を解決すると言う道が、幕藩体制という古い上部構造 によって妨げられていたと言う状況の下では、先ずこの古い政治的上部構造が取り除かれる必要が有り、そのことによって始めて資本主義的生産関係を形成する 有利な条件が作り出されたのです。

このように、場合によって政治的上部構造の成立が土台の形成に先行することも有りうる訳です。
もっともこのことが当の新政府の指導部に認識されていた訳ではなく、ともかくこのままではやっていけない、と言う認識だけは有った訳で、いわゆる「御一新」の中身は、その進行の中で決定されて行くのです。
西郷隆盛などはその進行について行けなかった、いわば落伍者であった訳です。


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