おばあちゃん
私は子供の時、おばあちゃん子だった。
彼女にとって私は最初の孫、それも農家の跡取りとしての「あに」だったからで、私自身その記憶が残っている程度には"溺愛"だった。
一 つエピソードが有る。ふるさとでは大晦日の晩に「歳取り魚」と言って、塩引き鮭を大ぶりに切って食べる風習が有り、頭の方から、一の切れ、二の切 れ......となるのだが、この時おばあちゃんは大事なあにに、一の切れを食わせるか二の切れを食わせるかで、多いに悩んだらしい。
位は高いが頭に近くて身の少ない一の切れか、位は譲って身の多い二の切れか、そのどっちをあにに食わせようかと言う、中々悩ましい選択を迫られた訳だ。
私は子供の時、おばあちゃん子だった。
彼女にとって私は最初の孫、それも農家の跡取りとしての「あに」だったからで、私自身その記憶が残っている程度には"溺愛"だった。
一 つエピソードが有る。ふるさとでは大晦日の晩に「歳取り魚」と言って、塩引き鮭を大ぶりに切って食べる風習が有り、頭の方から、一の切れ、二の切 れ......となるのだが、この時おばあちゃんは大事なあにに、一の切れを食わせるか二の切れを食わせるかで、多いに悩んだらしい。
位は高いが頭に近くて身の少ない一の切れか、位は譲って身の多い二の切れか、そのどっちをあにに食わせようかと言う、中々悩ましい選択を迫られた訳だ。
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