私は団塊の世代です。
振り返ってみた時この世代は多分、日本の歴史でも一番恵まれた、運のいい世代だったと思っている。
私達の親は戦争の世代で、もろに生きるか死ぬかの瀬戸際を生きてきた訳だし、暮らしも厳しく、私の出身地である新潟・魚沼の里では、多くの親たちは我が家と同様、小作農の水のみ百姓だった。
もう30年も前になるが、私の祖母が死んだとき、その妹が仏壇の前で「これでやっとお前さんも楽になったねぇ」」と、位牌に語りかけていた。
戦前の小作農の嫁の境遇などと言うものは、推して知るべしだったのだろう。
挙句に今、我々の親や祖父母の世代は、後期高齢者医療なんてので突き放されている。
自分たちが親に当たり前のこととしてきたような、子供(つまり私たちだが)に老後の面倒を見て貰うなんてことさえ、期待出来ない時代でもある。
ひるがえって子供達の世代は子供達で、「失われた10年」だのなんだの、仕事が無かったり、有っても不安定な非正規雇用が当たり前の時代。
国の借金で将来の年金や暮らしも不安定だ。地球もなんだかやばくなってきているし。
この先、いろいろどうなるか分かったもんじゃ無い。「先が見えない」ってのはつらいものが有る。
若しかしたら「親より貧しい人生」を送る最初の世代になるかも知れない。
私たちも子供のころは貧しくて(少なくとも我が家は)、つぎはぎだらけの着たきり雀だったし、食うものもろくなものが無い時期が、有るには有った。
それでも回りもまあ概ね似たようなものだったし、その後の高度経済成長の恩恵を、人生の真ん中で享受してきた。借金のつけを後に残しながら年金も何とか受け取れそうだ。
子供の頃の貧しさを、今では酒の肴にすることもできる。
恋人や夫を戦争に取られるなんてことも無かったし、ホームレスや不安定雇用で結婚も出来ない、なんてことも、我々の青春時代にはまあまあ、無かった。
しようと思えば離婚も至って気軽に出来る(結婚するよりエネルギーが必要らしいが)。
個人個人の事情はそれぞれで、私も農家の長男としての葛藤や悩み・コンプレックスも有った。それが今でも後を引いている部分は確かに有る。
しかし世代としてはそう言うことだったと思う。
若い時の貧乏、葛藤、悩みも、無いよりは有った方が人間の幅と深みを作ると、今は思えるし。
毀誉褒貶の振幅が大きかったのも、この世代の特徴だろう。
高度経済成長のけん引役としてお褒めに預かったことも有るし、消費者としての購買パワーをおだてられたことも有る。
逆に、日本を食いつぶし後世に莫大な借金を残したと、怨嗟の的にもなった。
団塊の世代と言うことで人口が一番多く、競争が激しいだの、ポストの空きが無いだの言われたことも有ったが、それも結果的には発言力の大きさにつながって来たように思える。
この時代に生まれたこと自体に罪は無い。いわんや功も無い。
しかし今、少しは分別のつく年代になって、自分たちのやってきたこと、世代としての力や影響力を、功罪併せて自覚することは無駄なことではないだろう。
時あたかも総選挙の真っ最中。
今回の選挙が今までと違うのは、個々の投票行動が直接政権の有りように結びついていることだ。
4年前の「郵政選挙」で、熱病のように浮かれて投票し、今ほぞを噛んでいる人も多い筈だ。勿論逆に、その選択に満足している幸せな人もいるにはいるだろうが。
今回も又、4年前を彷彿させるような二者択一論が、「政権交代、是か非か」だけを掛けて、マスコミを中心に流されている。
政権交代は確かに大きな選択肢だ。
しかし同時に、どのような状況下で政権交代がなされるか、その状況を定めることの出来る選挙でも有る。
どう言う投票行動を取るにしても、二度とほぞを噛んで後悔しなくて済むように、のちの世代に説明のできるような、慎重で先を読んだ、自分自身の判断が求められると思う。
振り返ってみた時この世代は多分、日本の歴史でも一番恵まれた、運のいい世代だったと思っている。
私達の親は戦争の世代で、もろに生きるか死ぬかの瀬戸際を生きてきた訳だし、暮らしも厳しく、私の出身地である新潟・魚沼の里では、多くの親たちは我が家と同様、小作農の水のみ百姓だった。
もう30年も前になるが、私の祖母が死んだとき、その妹が仏壇の前で「これでやっとお前さんも楽になったねぇ」」と、位牌に語りかけていた。
戦前の小作農の嫁の境遇などと言うものは、推して知るべしだったのだろう。
挙句に今、我々の親や祖父母の世代は、後期高齢者医療なんてので突き放されている。
自分たちが親に当たり前のこととしてきたような、子供(つまり私たちだが)に老後の面倒を見て貰うなんてことさえ、期待出来ない時代でもある。
ひるがえって子供達の世代は子供達で、「失われた10年」だのなんだの、仕事が無かったり、有っても不安定な非正規雇用が当たり前の時代。
国の借金で将来の年金や暮らしも不安定だ。地球もなんだかやばくなってきているし。
この先、いろいろどうなるか分かったもんじゃ無い。「先が見えない」ってのはつらいものが有る。
若しかしたら「親より貧しい人生」を送る最初の世代になるかも知れない。
私たちも子供のころは貧しくて(少なくとも我が家は)、つぎはぎだらけの着たきり雀だったし、食うものもろくなものが無い時期が、有るには有った。
それでも回りもまあ概ね似たようなものだったし、その後の高度経済成長の恩恵を、人生の真ん中で享受してきた。借金のつけを後に残しながら年金も何とか受け取れそうだ。
子供の頃の貧しさを、今では酒の肴にすることもできる。
恋人や夫を戦争に取られるなんてことも無かったし、ホームレスや不安定雇用で結婚も出来ない、なんてことも、我々の青春時代にはまあまあ、無かった。
しようと思えば離婚も至って気軽に出来る(結婚するよりエネルギーが必要らしいが)。
個人個人の事情はそれぞれで、私も農家の長男としての葛藤や悩み・コンプレックスも有った。それが今でも後を引いている部分は確かに有る。
しかし世代としてはそう言うことだったと思う。
若い時の貧乏、葛藤、悩みも、無いよりは有った方が人間の幅と深みを作ると、今は思えるし。
毀誉褒貶の振幅が大きかったのも、この世代の特徴だろう。
高度経済成長のけん引役としてお褒めに預かったことも有るし、消費者としての購買パワーをおだてられたことも有る。
逆に、日本を食いつぶし後世に莫大な借金を残したと、怨嗟の的にもなった。
団塊の世代と言うことで人口が一番多く、競争が激しいだの、ポストの空きが無いだの言われたことも有ったが、それも結果的には発言力の大きさにつながって来たように思える。
この時代に生まれたこと自体に罪は無い。いわんや功も無い。
しかし今、少しは分別のつく年代になって、自分たちのやってきたこと、世代としての力や影響力を、功罪併せて自覚することは無駄なことではないだろう。
時あたかも総選挙の真っ最中。
今回の選挙が今までと違うのは、個々の投票行動が直接政権の有りように結びついていることだ。
4年前の「郵政選挙」で、熱病のように浮かれて投票し、今ほぞを噛んでいる人も多い筈だ。勿論逆に、その選択に満足している幸せな人もいるにはいるだろうが。
今回も又、4年前を彷彿させるような二者択一論が、「政権交代、是か非か」だけを掛けて、マスコミを中心に流されている。
政権交代は確かに大きな選択肢だ。
しかし同時に、どのような状況下で政権交代がなされるか、その状況を定めることの出来る選挙でも有る。
どう言う投票行動を取るにしても、二度とほぞを噛んで後悔しなくて済むように、のちの世代に説明のできるような、慎重で先を読んだ、自分自身の判断が求められると思う。

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