昔、と言っても10年位前、丹沢やら奥多摩の幾つかの山に登ったことがある。一番の動機は、勿論頂上で飲むおいしいビール。
大体リッター缶を2本担いで登るのだが、最初このビールで大失敗をした。
山にクーラーボックスなど担ぎ上げる訳には行かないので、前日のうちから冷凍庫で缶ビールを凍らせておき、それを持っていったら、山頂で丁度飲み頃になるんじゃないか、と思ったのだが、これがトンだ大間違い。
一旦凍らせたビールは、それも温まらないように新聞紙などで包んでおいたものは、丹沢程度の低山を登る時間では3割位しか解けていない。
最初に缶を開けた途端、その貴重な解けた部分は、シューっと泡になって全て飛び出してしまって、後には凍ったままのビールのかたまりだけが、缶の中でゴトゴトしているだけ。
このかたまりは、いくら逆さにしようが振ろうが、タクッ、タクッっとしか出てこない。
何の為に、ここまで登ってきたんだ、って悔しがっても既にアフターフェスティバル。
それに懲りて2回目からは、銀色の保冷袋に、スーパーなどで貰う保冷剤をビールと一緒に入れて持っていった。
この保冷袋はNASAの技術が使われているとかで、なかなか優れもの。以降、冷たいビールを山頂で呑む、と言う至福のひと時を過ごすことが出来るようになった。
それはともかく、丹沢や奥多摩には、例えば「馬頭狩り峠」とか、○○道、××追分などと言う、名前の付く道が多い。
勿論それらは今、登山道路になっている訳だが、歩きながら「多分昔はこれらの道はみな、生活道路だったんだろうな」と思ったものだ。
今、自動車に乗っていると、山を大きく迂回して平場の整備された道路を走って行っても、それ程の負担感はない。
或いは、山越えの峠道も自動車用に整備されているし、トンネルも通っている。
しかしつい最近まで、自動車などなくおのれの足だけが頼りだった頃は、わざわざ山を迂回して平場の道を歩いて行くよりも、まっすぐ山を越えて向こう側に行ったほうが、はるかに近いし、早かったのではないだろうか。
私のふるさと、新潟の魚沼には「魚沼スカイライン」と言う、山の峰を縫って15キロに続く観光道路がある。
思うに、この魚沼スカイラインなども、かっては生活道路として人々が行き交っていた道ではなかったか。
塩沢から反対側の津南に行くのに、山を迂回してゆくより山を越えて行った方が早い。それが栃窪峠だったりするのだろうが、こちらから山に登り、峠に出て、峰の縦走路を歩き、向こう側の道を降りる。そんな風景が当たり前に見られたに違いない。
花嫁や行商人、薮入りの小僧さんたち、或いは武士たちが戦の為に、山を行き交ったのだろうと思う。峠には茶店も有ったのかも知れない。
山賊、と言う言葉もあるが、山賊も「お客さん」がなければ成り立たない商売で、まあ何とか商売が成り立つ程度には、お客さんもいたのだろう。
総じて、山は今よりもずーっと賑やかだったし、活気に満ちていたのだろう。縦横に道が張り巡らされていたに違いない。
今、山に杉やヒノキが茂っていても手入れさえされていない。
確かに外材の方が安いかもしれないが、その金は外国に落ち、そして熱帯雨林を消滅させる。
国産材が多少高くても、その金は地元に落ちる。そして地元の商店を潤す。
若し国産材が高くて、庶民が家を建てられないとしたら、その差額を環境保護の為に国が負担してもいい話だ。いずれにしても国内に金は回る。それこそが生きた税金の使い方と言うものだろう。
大工さんも優れた地元の杉や飛騨のヒノキで、腕を振るうことが出来るだろうし、地方の商店街も繁盛すると言うものだ。
効率、効率で、「非効率」なところはどんどん切り捨てられる。
ふるさとは今、サルが跋扈している、とか10年後は消えゆく集落があるなどという話が聞こえてくる。
効率とは?、改革とは?、一部のエクセレントカンパニーだけが潤うものであってはならないだろう。