「ヒトの直立二足歩行は、省エネの為」説、批判

| コメント(0) | トラックバック(0)
「ヒトの直立二足歩行は、省エネの為に進化した、との説が、実験で裏付けられた」と言う記事が有ります。その発端となった記事と紹介されている実験
http://www.cnn.co.jp/science/CNN200707180020.html

ワシントン── ヒトの特徴である「二足歩行」が進化したきっかけが、「エネルギー節約」だという説を裏付ける実験結果を、米国の研究者が17日、米科学アカデミー紀要 (PNAS)に発表した。ヒトの祖先が二足歩行を始め、ヒトへと進化した過程に、エネルギー消費という生化学的な面や、歩き方という解剖学的な面が強く関 与していることを示唆する研究だとして、注目されている。

米ワシントン大学とアリゾナ大学、カリフォルニア大学デイビス校の研究者らは、遺伝的にヒトに近いチンパンジー5頭に、酸素吸入量などを調べる機器を装着し、トレッドミルの上で歩かせ、エネルギー消費量を測定した。

その結果、二足歩行時と四足歩行時における消費エネルギー量について、個体差が非常に大きなことが判明した。

ある個体は、二足歩行時の方が四足歩行時よりも、より少ないエネルギーで済んだが、ある個体では二足歩行時と四足歩行時で、消費エネルギー量はほぼ同じだった。また、ある個体では、二足歩行の方が四足歩行よりも、より大きなエネルギーを必要としていた。

一方、ヒトにも同様の実験を行ったところ、ヒトでは二足歩行時の消費エネルギー量が、四足歩行のチンパンジーの約4分の1と、二足歩行の方が効率がよかった。

この結果から、ヒトとチンパンジーの共通の祖先のうち、二足歩行の方が消費エネルギー量が少なくてすむ個体にとって、より広範囲にエサを探すことが 可能となり、繁殖機会が増えたことから、二足歩行する個体が増えた。そのため、二足歩行をする個体群と、四足歩行の個体群が別れて、別の種になったと考え られるという。

研究を行ったアリゾナ大学のデイビッド・レイチレン人類学准教授は、「個体差が非常に大きなことに驚いた。進化が働く上で、個体差があることは最低条件。個体差がなければ、進化は生まれない」と話している。

.........上記記事への反論を中心に。

【省エネ説と目的論】

上記の記事が紹介している実験内容は、タイトルからしても「ヒトの二足歩行は、『エネルギー節約』による進化と」となっているように、「省エネ説」を前提としていることは明らかであり、やはり省エネ説を前提とした実験やその解釈に、殆ど意義を感じません。


直立二足歩行の契機として、今まで幾つかの説が主張されて来ました。例えば、「遠くを見渡す為説」「威嚇説」「食料を抱えて巣に運ぶ為説」「真昼の直射日光を、幾らかでも避ける為説」「地面からの照り返しから逃れる為説」等など.........。

これらの主張はいずれもサバンナ説を前提としたものですが、それぞれ弱点を抱えており、今では全て反論が用意されています。
しかしこれらの全ての説と比較してさえ、「省エネ説」は致命的な矛盾を抱えています。

他の説はどれも環境との相互関係で考えられた説です。最初からその目的が達成されている必要は有りません。直立二足歩行に慣れるに従い適応度を高めて行けば良いのであって、それで矛盾は有りません。
しかし省エネ説だけはそう言う訳に行きません。

省エネ説は、いわば歩行方法そのものの問題です。
この説をを採る限り、「最初の一歩」から省エネが達成されなくてはなりません。そうでなければ結局「将来の目的」論に陥ってしまうからです。

歩行方法を切り替えたとして、前より少しでも適応的でなかったら(この場合、省エネでなかったら)、新しい歩行方法が自然選択に掛かることは有りません。自然選択は「将来、若しかしたら得られる利益」など拾ってくれませんから。
そして新しく踏み出した第一歩が、数千万年慣れ親しんだ歩行方法よりも省エネであるなどと言うことは、現実には絶対に有り得ません。

例の記事の「ヒトとチンパンジーの共通の祖先のうち、二足歩行の方が消費エネルギー量が少なくてすむ個体にとって、」と言う前提そのものが、頭の中だけで考えられた「空想物語」なのです。

ヒトは現実に四足から直立二足歩行に移行したし、私は同意できないが、それが木の枝の上で進化したのかも知れません。しかしその契機に「省エネ」を持ち出すのは、そもそも論理矛盾だと思う訳です。


【直立二足歩行と個体差】

現生人類の直立二足歩行は、チンプなど、他の類人猿が時に見せる直立姿勢と比べて省エネです。その根拠は主に骨格に見ることが出来ます。

「この結果から、ヒトとチンパンジーの共通の祖先のうち、二足歩行の方が消費エネルギー量が少なくてすむ個体にとって、より広範囲にエサを探すこと が可能となり、繁殖機会が増えたことから、二足歩行する個体が増えた。そのため、二足歩行をする個体群と、四足歩行の個体群が別れて、別の種になったと考 えられるという。 」

などと言う空想物語が、現実には絶対に有り得ないことを示す為、あえてスケッチしてみます。
先ず誰もが検証可能な、現世人類と現世チンパンジーとの比較から。

人間が直立したとき、股関節と膝関節が180度に伸び、その上にS字状に湾曲した背骨が、全体としては垂直に立ち、その線上に重い脳を格納した頭が乗っています。
身体の軸が重心線と一致して垂直一直線に通っています。
重心が安定しており、直立姿勢を保つ為に殆どエネルギーを消費せずに済みます。この姿勢以外に重い頭を支え続けるのは困難でしょう。

頭骨にも顕著な特徴が見られ、大後頭孔(頭蓋孔と脊柱管をつなぐ孔、つまりは頭と脊髄が繋がるところ)は下に水平に開きます。
この為、直立したとき顔は水平に位置し、視線も当然真っ直ぐ前方を向きます。

(サヘラントロプス・チャデンシス(トゥーマイ)の頭骨が発見され、仮に足や骨盤の化石が見つからなくても、その大後頭孔の位置と向きだけで、直立二足歩行に踏み出した種であることが、確信を持って言える訳です。)

この状態から交互に足を踏み出して歩き始めるのを、直立二足歩行と言う訳です。
正面から見た場合も、骨盤に繋がる大腿骨は内側に寄っていて、歩行に際しても重心が左右に移動することが極めて少なく、ここでもエネルギー消費が少ない。

チンプの二足姿勢は、股関節、膝関節が前後に曲がったままで、上体も前傾しています。人間のように骨格が直立の心棒になっていません。背骨も丸く湾曲しています。
言わば若干前かがみの中腰状態で、この体勢で立ち続けるには、重力に抗して常に筋肉で支えている必要が有り、立っていること自体に大きなエネルギーを必要とします。
正面から見ても、膝が外側に離れてO脚状になっており、歩行に際して左右への重心移動が大きく、体を大きく揺らしながら歩くことになります。

動物にとってロコモーションは最も基本的な行動様式であり、その種特有の進化の歴史を反映しています。遺伝子DNAにコードされた身体のつくり、特に骨格に厳密に依存している訳です。
個体差は当然有るにしても、この種特有の枠を超えての「差」など有り得ません。若しそんな差・変異が有ったとしたら、それは新たな種の誕生です。

地球上にどれ程のチンプ、ボノボ、ゴリラ、ニホンザル、その他各種サルたちがいるのか承知していませんが、基本的な移動方法として直立二足歩行を選択した個体など、現実には只の一匹も観察されていません。
逆に、60億の人間の中で、四足歩行を恒常的な移動方法として選択した個人も又、只の一人もいません(二足歩行に傷害を持っている人は別として)。

この事情は、それぞれの化石人類、或いはチンプなどとの共通祖先を見たとき、より顕著でしょう。生物は分岐を遡れば遡るほど、種としての行動様式は一様化します。
700万年前の共通祖先であったサルの中で、二足歩行の方がそれまでの四足よりエネルギー消費が少なかったなどと言う、特異な個体は絶対に居なかった筈です。


件の実験で、色々な「結果」が取りざたされていますが、仮にどんな結果が出たとしても、それは環境から切り離されたたった5頭の、それも短時間の、一回限りの結果に過ぎません。

そしてこの実験結果で、「ヒトの二足歩行の消費エネルギー量が、四足歩行のチンパンジーの約4分の1と、二足歩行の方が効率がよかった。」 と有りますが、4分の1かどうかは別として、こんなのは当たり前の話じゃないですか。
チンプの活動舞台はどちらかと言えば樹上で、平場での移動方法は主にナックル歩行と言う、いわば妥協の産物です。こんな比較のどこに意味が有ると言うのでしょうか。

同じ比較をするなら、サバンナモンキーなどの四足歩行と比較するべきです。私は高い代償を払ってまでおつりが来るほど、ヒトの二足歩行が省エネの点で有意な違いを見せるとは思えません。


【前適応とオッカムの剃刀】

前適応に関して意見を頂いています。反論も含めて述べておきます。

>>それから、これも繰り返しになりますが、それ程メリットのあることなら、常に飢餓と隣り合わせの野生のヒヒやパタスモンキーで、何故発達しなかったのか。

>彼らには前適応が起こらなかったからです。
彼らはブラキエーションを発達させませんでした。
そしておそらくは腕の関節の関係でしょう、手を補助的に使う二足歩行も発達しませんでした。

ホントですか?
チンプ、オランウータン系列の共通祖先は、樹上生活の中で前適応を発達させていた為、サバンナに出たヒトは直立二足歩行を、最初の一歩から省エネで歩き始 めることが出来たのに、ヒヒやパタスモンキーなど、同じくサバンナに出たサル達の祖先は、森の中で樹上生活をしていたとき、揃いもそろって前適応を一切発 達させず、その為サバンナと言う同じ環境で有りながら、ヒヒ達には直立二足歩行の萌芽さえ見られない!!!

俄かには信じられないことです。それほど前適応って、強力な切り札なんですか?

それにブラキエーションは、背骨に掛かる負荷が地上での直立姿勢と対極になり、前適応とはなりえない、と言う説も有ります。
しかし、まあいいです。ここではより基本的な考え方について、私の意見を述べてみます。

私は、「いくら前適応を発達させていたとしても、本行動そのものの必要性、移行への必然性が無いとき、前適応としての意味は全く成さない訳で、私としては前適応と本行動とを、同列に扱うことには反対です。」と言う意見です。

進化の基本的な要因は、「突然変異」と「自然選択」でしょう。
前適応に意義がないなどとは言いませんが、あくまでも副次的なものです。前適応が全くなくてもこの二つが揃えばその方向に進化が進むでしょう。

ヒトの祖先に、直立二足歩行を促す突然変異が有ったとしたら、それはヒヒやパタスモンキーその他サバンナに住む霊長類の祖先にも、おそらく同じ頻度で起こった筈だと私は考えます。突然変異はランダムだからです。
にも関わらず、ヒトとこれら近縁種の間で全く違った形質や行動が発達したとしたら、私は自然選択、つまり淘汰圧が違っていたと判断します。一言で言えばおかれた環境が違った、と見ます。

ある現象を説明するとき、なるべく基礎的、普遍的な要因で説明しようとするのが、「オッカムの剃刀」なんじゃないですか?
そして基礎的、普遍的な要因で解釈できるとき、わざわざ前適応なんて副次的な要因を持ち出さざるを得ない「反論」って、説得力に欠けるんじゃないですか?

しかも、その同じ前適応の成果で、「エネルギー効率の点で恩恵を受けるに充分なほど二足歩行に習熟している...」チンパンジーが、二足歩行に移行しない理由を、
>エネルギー効率の良さが(デメリットを覆すほど)有利にならない環境に暮らしているからだと説明できます。

...と、今度は環境に求めている。
副次的な要因で説明しようとすると、どうしても「ご都合主義」になりがちだと思う「今日この頃」です。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://y-ok.com/mt-tb.cgi/7

コメントする

このブログ記事について

このページは、が2007年8月 8日 06:11に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「感性と理性、弁証法の欠如」です。

次のブログ記事は「ゴリラの祖先種化石、エチオピアで発見、ネーチャーに発表」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

Powered by Movable Type 5.01